なみえの今
震災遺構の請戸小が開館しました
2021年10月30日
こんにちは、地域づくり支援専門員の今野です。
10月24日、福島県では初の震災遺構となる浪江町立請戸小学校が開館し、記念式典が開かれました。
請戸小学校は東日本大震災の津波に襲われ、校舎2階まで浸水しましたが、校内にいた児童と教員らは速やかに高台に避難したことで、犠牲者は出ませんでした。
しかし請戸地区では154人が津波の犠牲となりました。また、災害危険区域に指定されたため、人が住めない地域となっています。
式典では吉田数博浪江町長が挨拶し「震災の記憶を後世に伝えたい。地域の方々の心の拠り所であり、来館者が災害への備えをあらためて意識する施設となってほしい」などと述べました。
新たに建築された管理棟には展示コーナーが設けられ、請戸地区の歴史や震災の状況などがパネルで展示されています。
校舎は1階部分は津波被災の爪痕を出来る限り当時のままの状態で保存しており、2階は4~6年生の教室に震災関連資料を展示。時系列に紹介した震災直後の動きや、請戸地区の震災前の模型、請戸の方々へのインタビュー映像などが紹介されています。
式典では請戸芸能保存会による地域の伝統芸能「田植踊(たうえおどり)」も披露されました。
請戸は災害危険区域に指定され、住民は帰還ができず散り散りの避難生活を送らざるをえない状況ですが、保存会のメンバーは集まって練習するなど苦労を重ね、これまで絶やすことなく踊りを継承してきました。
当時請戸小学校の6年生で、これまでもずっと田植踊の担い手として尽力してきた中の一人、横山和佳奈さんが卒業生を代表し最後に挨拶しました。
「6年間、数えきれないほどの思い出があった。請戸を大事に思っているのは私だけではない。来館された方には小学校は衝撃的で悲しく観えるかもしれないが、すべてを失った私には、残ってくれたことが嬉しく、明るい気持ちになる。請戸の地域の方の顔を思い出せる場だ。請戸の人々がもう一度集まるような場所になってほしいと思う」などと小学校と地域に込めた思いを述べました。
来館された町民の方に感想を聞くと「凄まじいとしか言いようがない。自分が住んでいた場所には津波が来なくて知ったのは大地震の翌日だった。自分が避難することで当時は精一杯だった」「ここに来てあの当時を思い出すと、涙が出てくるね」などと話してくれました。当時の在校生の中には、今回の公開で避難後初めて校舎内に入った方もいたとのことで、校内を見終え、涙を浮かべる姿もあったそうです。
式典に出席した請戸南行政区の竹村英男区長は「被災直後の痛々しい状態から、少し整理され綺麗になっていると思うが、震災を伝えるために必要な施設」と見学後に感想を話し「請戸のみんなが集まる場になってほしいと思うが、(入館以外に気軽に居れる場所があるわけでもないことから)実際には難しいと思う」などと、気軽に集まる場づくりの難しさを話しました。
震災遺構 浪江町立請戸小学校は午前9時30分から午後4時30分までの開館(※最終入館は午後4時まで)で、休館日は毎週火曜日と年末年始となっています。入館料は一般が300円、高校生が200円、小中学生が100円などとなっています。
東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年半が過ぎましたが、当時の状況についてあらためて、請戸小学校で感じていただければと思います。そして今一度、災害への備えを確認してみて下さい。