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弥生3月、日差しも春めいて参りました。皆さま、如何お過ごしでしょうか。地域づくり支援専門員の佐藤です。
今年も3月11日が近づいて参りました。震災から10年。浪江町の復興は未だ道半ばながら、少しずつではありますが復旧しています。大堀地区も然り。避難解除された小野田、田尻、谷津田行政区は、徐々にではありますが居住人口も増えてきました。大堀行政区は陶芸の杜を中心とした地域が、末ノ森行政区は全域が特定復興再生拠点として除染作業が完了しました。しかしながら、酒井、畑川、小丸、井手行政区は、帰還困難区域として多くの課題を抱えています。
その様な状況下で、変化、変貌、復活した大堀地区の今をご覧ください。
小野田行政区の大堀総合グラウンド敷地内には、浪江町復興計画 防災・安全の強化策としての防災コミュニティーセンターが完成間近です。また、田尻では昨年、震災以来初めての田植えが行われました。谷津田の白旗神社も修復作業が始まり、桜の咲く頃までには新社殿がお披露目になる様です。楽しみですね。
大堀の陶芸の杜は、令和4年に資料館としての再出発に向け、そして、末ノ森は特定復興再生拠点として除染が完了しました。
帰還困難区域でも、酒井は注目度の高い再生可能エネルギーのソーラー事業で発電が始まっています。井手は県道256号線で常磐道・双葉ICに繋がり、大堀地区からのアクセスは抜群です。後は、県道253号線(通称:落合浪江線)が通行可能になり、風光明媚で浪江町民のオアシスである高瀬川渓谷に沿って、小丸、畑川へ自由に行き来出来るようになればと切に願うばかりです。県道253号線の復旧を心から楽しみにしています。
嘗てとは違った景色になっている大堀地区。しかしながら、着実に前進していると感じます。町民のみなさんのご尽力は勿論のこと、様々な方々の支えもあり、3年でここまで復興の歩みを進めました。
また嘗ての賑わいや楽しい会話が、大堀地区に戻ってきますように。
こんにちは、支援員の引地です。
2月の第三日曜日、請戸の安波祭が開催されました。町の無形民俗文化財に指定されており、約300年前から続く伝統行事です。
しかし今年は、新型コロナ感染拡大防止のため、雅楽・神楽・田植踊りの奉納は行わず、関係者による神事のみ執り行われました。
請戸の方と話をするとよく「いつも安波祭の日は寒いし荒れるんだよ」と聞いていました。(ちなみに昨年は大雨でした)
今年はなんと晴天!そして強風。やはり請戸です。
いつもなら雅楽、神楽、田植踊りと続きますが、今年はこの神事のみで終了です。
その後、立ち話で短い時間ではありましたが、地区の話や近況を話しながら請戸の皆さん同士で請戸での時間を過ごす、そんな様子が感じられました。
田植踊りの踊り手3名が集まり「来年は踊りたいよね」と話しながら記念撮影です。請戸に来ることが出来なかった人たちのために動画配信の準備も進めているそうです。
「なんか請戸から離れられないなー」と芸能保存会の佐々木繁子さんが名残惜しそうに話していたのが印象的でした。
来年はたくさんの観客の前で踊りが奉納されること、踊り手の皆さんの元気な姿を見ることができるよう願っています。
立春も過ぎ、いよいよ春の足音が聞こえてきそうな今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。地域づくり支援専門員の佐藤です。
浪江町の花壇シリーズ最終回は、川添のざる菊、幾世橋・集合住宅の椿、大堀小学校の猫柳、そして、川添の梅です。
11月上旬。川添近辺を走行中、道路沿いに見事に咲き並んだざる菊を発見しました。思わず、車から降りてシャッターを切りました。きっと、この辺りにお住まいの方がお手入れされているものだと思います。殺風景な秋の道路沿いに突然現れた鮮やかな景色に、きっと皆さんも目が釘付けになったことでしょうね。
次は、12月中旬。幾世橋の集合住宅敷地内に定植されている椿をカメラに収めて参りました。真冬の寒さに映える赤、白2色の綺麗なコントラストはとても見栄えがあります。お住まいの方々でお手入れされているのでしょうね。花言葉は、赤が「謙虚な美徳」、白は「完璧な美しさ」という明確なコントラストを成しています。
更に、1月下旬に伺った大堀小学校正門付近に定植してる猫柳です。花言葉は、「自由、思いのまま、開放的、率直、自由な心、気まま、親切、努力が報われる」など、素敵な言葉が並びます。今月から、惜しまれつつ解体が始まる大堀小学校。校舎を背景にした最後の景色です。長年お手入れされてこられた学校関係者の方へ感謝ですね。
最後に、川添で立春とともに開花した紅白の梅です。浪江町もいよいよ春がもうすぐそこまで来ているのが実感できますね。花言葉は、紅梅が「優美」、白梅が「気品」です。
コロナ禍で外出もままならない状況が続いていますが、今年こそは、皆で集まって楽しく過ごしたいですね。
今年の浪江町は、多くの方々との協働作業で、町のあちこちで種まきや花植が盛んに行われ、綺麗な風景がここかしこで眺められる事を期待して、浪江町の花壇シリーズを終わりにします。
新型コロナウイルス感染症の影響により、気軽に会ったり集まったりすることが難しい状況が続いています。
一般社団法人まちづくりなみえ 町内コミュニティ再生支援事業では、町民のみなさん同士や地域が紙面を通してつながりを維持しながら、浪江町の情報を楽しんでもらえるようにと昨年7月から「なみエール」を発行しています。
2月1日に第四号を発行しました。
これまで同様に、広報なみえ2月号の折り込みで町民の皆さんの手元に届くようになっています。
下記リンクからPDFをダウンロードし、なみエールをご覧いただけます。
(上の画像と内容は同じです)
ここをクリック
オモテ面「浪江のあれこれ」、今回は浪江の歴史の一つとして権現堂城を紹介しています。
ウラ面は「浪江でひとこと」2021年版として、町民の皆さんの今年の抱負をうかがいました。
手に取ってお読み頂けましたら幸いです。
皆さんからのご感想やご意見、投稿などもお待ちしております。
こんにちは。地域づくり支援専門員 今野です。
年明け間もなく、整備が進んでいる福島県復興祈念公園を中心に沿岸地域を眺めることのできる「見晴台」が町の両竹(もろたけ)地内に設置されました。
さっそく公園の整備状況など視察に出向きましたので、その様子をレポートします。
見晴台の最上階は標高11メートル。
最上部まで上り、さらに上を見上げた5メートルほど先には、東日本大震災の時に浪江町と双葉町を襲った最大の津波高さである16.5メートルの標示柱が設置されています。
標高16.5mのこの高さまで盛土をして「追悼と鎮魂の丘」が整備される計画となっています。
真上を見上げながら「これほどの高さだったんだな」と、あらためて津波の恐ろしさを感じるとともに、これから整備される丘がここまでの高さになるというのにも驚きを感じます。
見晴台の南側すぐの土地が丘になるのですが、およそ10ヘクタールを計画しており、重機や人力などであちこちで作業に取り組む様子が印象的でした。
詳しい資料として「福島県復興祈念公園の施設配置計画」が国土交通省東北地方整備局と福島県より公表されています。
福島県復興祈念公園の施設配置計画 ←こちらをクリックしてください
公園全体のイメージについては「公園全体鳥瞰図」で把握できるかと思います。
(「本公園は、時代の変化・要請に合わせ進化していくため、完成予想図ではありません」とのことです)
現在の計画では、浪江町側ですと献花広場などのある「追悼と鎮魂の丘」、水辺やいきものとふれあえる「水辺の広場」、伝統行事の継承活動の場などの施設が配置されるようになっています。
町の人に復興祈念公園について尋ねる機会があり、期待などを聞いてみましたが、まだまだ完成時のイメージが沸かないこともあるのでしょうね、「わからないなあ」と答える方が多い感じでした。
しかし中には「丘ができたら散歩してみたいなあ。避難中の息子らが暮らしていた家もあった場所だし」といった声もありました。
復興祈念公園の完成時期は未定ですが、町の皆さんが気軽に利用し、集えるような、そんな公園になってくれればと期待しています。
見晴台が利用できるのは平日午前9時から午後4時までとなっています。機会があればぜひ、沿岸部の復旧・復興状況を眺めてみてください。
この見晴台からは請戸小学校も見えます。
請戸小の児童は全員、避難によって津波の被害を逃れました。
津波被害と原発事故による災害の教訓を伝えたいといった町民の声も多く、請戸小学校も震災遺構として整備が進んでいます。
立ち入りは禁止ですが、外から眺めてみると工事を進めている作業員の方の姿や、ハンマーの音、電動機器の音などが聴こえてきました。
請戸小学校は来年度中には一般公開ということで、東日本大震災・原子力災害伝承館やこれから整備が進んでいく復興祈念公園などと合わせ、震災の発信の場、そして町の皆さんが再会し、近況や思い出などを語れる場になればいいなと思っています。
ブログ内では「浪江町沿岸部のいま」と題して昨年9月頃の沿岸部の様子も発信しています。こちらもぜひお読みください。(各タイトルをクリックしてください)
『浪江町沿岸部のいま①』
『浪江町沿岸部のいま②』